Sunday, March 08, 2009

模倣

伊集院がラジオで言っていたことだが、「直感的にわかってしまう
事柄について説明することは不可能だし、感覚的にわからない人に
それを伝えて、同じようにわかってもらうことも、基本的に不可能」

番組で例として挙げていたのは、彼自身がバスケットのシュートを
何遍やってもできないこと。また、彼自身は直感的にできてしまう
パズルゲームを、彼の後輩は「なぜか、どうしても」できないこと。

この放送は確か二月の最終週のオンエアだったと思うが、偶然今日、
別の記事で「方法依存症」というものを見掛けた。極めて近い事を
語っていると思える。方法論を学習することと、その実践は、別だ。

「方法とは、形式的に明文化されたことばの上に宿るのではなく、
あくまでそれを身につけた人びとの身体に宿るのだという風に捉え」
ること。自転車や一輪車の乗り方などは、正に象徴的にその通りだ。

それを体得したかったら、まずは模倣すること。横笛の鳴らし方と
読みやすいプログラムコードの書き方との間に、どれほどの違いが
あろうか。型を出ることも大事だが、まず型に入ることも、大事だ。

模倣は自分を殺すことを意味しない。思考を停止し、責任を放棄し、
単に「手順」に操られるゾンビになってはいけない。模倣の中でも
手順や思考を吟味斟酌し、主体的に行動するならば、それは自分だ。

しかし、どんなに優れた模倣をしようとも、最後の最後で感覚的に
「わかる」ことは無いだろう、とも思う。我輩自身、S 氏や O 氏、
T 氏や M 氏のような優れた先達を模倣しつつ「わかって」いない。

彼らのように感じ、彼らのように考えることができたら。と考える。
そうできたとしても、別に我輩が彼らそのものに成るわけではない。
それは所詮模倣で、状況によっては単なる劣化コピーかもしれない。

だが、この方法こそが、ある人が直感的に為していることを自分も
できるようになるための最短のアプローチではなかろうか。数多の
模倣のカスタマイズの中に、オリジナリティが生まれると考えたい。

6 Comments:

At 05:37, Anonymous たの字 said...

伊集院までカヴァーしてたとはw
徹夜中の深夜ラジオって結構楽しいんだよな。

最近わかったのが、「トラブルの多いPG書く人はコメントが少ない」だな。
関連性はあると思う。

 
At 13:25, Blogger sempreff said...

>たの字 殿

おかしなことに、cron で録音してるにも関わらず最後まで生で聴いてたりするので睡眠時間が… orz

「コメント」もなかなか塩梅の難しいところの一つですな。書けばいいってもんでもないし。
個人的にはソースコード自身を self descriptive にして、過剰なコメントはむしろ避けるべき、と思うところ。

 
At 08:18, Anonymous ノブ said...

人と比べると悩みが大きくなると判っても
せずにいられない悲しい性があります。
明るく生きたいですな。

 
At 01:05, Anonymous たぁ said...

K氏が入っていない。。。orz

 
At 01:11, Blogger sempreff said...

>ノブ氏

明るく生きてください♪

 
At 01:15, Blogger sempreff said...

>たぁ殿

K はいっぱいいすぎで割愛しました。失礼。

改めまして、
K っちゃん、K子、K さん、ヒデキカンゲキ、K くん、K 殿、K 氏、K くん、K および k 、kk、kKk、KkKk などの各位にも感謝。

 

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