印度
K 田台からの帰りの電車で、どこかから乗って来た妙に色黒の人が
急に話しかけてきた。ノート PC に向かってタカタカと手を動かし
ヘッドホンをかけて音楽を聴いている我輩に、一体何の用だろう?
話の内容は全く聞こえなかったので、ヘッドホンを外し、彼の方を
向いて「はい、なんでしょう?」と聞いてみた。が、驚いたことに
彼が何を言っているのか理解できない。言語野が壊れたかと思った。
すると彼は申し訳なさそうに、英語で喋ってくれた。我輩の脳髄は
まだ爛れてないことがそれでわかった。問は「正面の女性の行動は
日本語で何と言うのか」であった。そんな重大な問題なのか、それ。
対面に座っている女性は、緑色の毛糸で編み物をしていた。帽子か?
「あ・み・も・の、ですよ」と正直に教えてみたが、我輩は滑舌が
悪く、彼は発音が悪い。電車の中だし大声も出せない。難しい状況。
「あっむのも?」「あみもの」「あみもの?」「そう、あみもの」
何度か辛抱強く繰り返し、ついに彼は正しく発音できた。祝着至極。
では。とヘッドホンに手を伸ばしたところに、また話しかけられた。
あらら、身の上話が始まってしまいました…。彼はインドの出身で、
三ヶ月前に日本に来た、と。すごく寒い、と。日本語は難しい、と。
ATM の面倒を見ている技術者だ、と。その辺から面白くなってきた。
こちとら英語は四年間かけて再履再履で御目こぼし卒業ってわけで
からきし自信がない。が、彼の英語も十分たどたどしくていい加減。
そんなでも会話って成り立つもので、なかなか貴重な体験であった。